フィギュアスケート界で着実に実績を重ねている三宅咲綺(みやけ さき)選手。
2024年の西日本選手権優勝をはじめ、全日本選手権でも存在感を示し、今後の活躍に注目が集まっています。
そんな三宅咲綺選手について、ファンの間で関心が高いのが「どんな家族に支えられてきたのか」という点です。
特に、スケートを始めるきっかけとなった祖父の存在は有名で、家族の支えが彼女の競技人生に大きな影響を与えてきました。
この記事では、
・三宅咲綺選手の家族構成
・父親・母親はどんな人?
・家族が競技生活に与えた影響
について、わかりやすく解説していきます。
三宅咲綺の特徴は?
お久しぶりです😊💗
— 三宅咲綺 (@saki_n_ko) November 23, 2022
本日20歳になりました‼︎
全日本選手権に出場も地上波で出場が決まり、嬉しい気持ちもありますが、少し緊張もしています😣💓
20歳、何事も全力で楽しみ、全力で頑張りたいと思います😆✌️
これからもよろしくお願い致します‼︎ pic.twitter.com/UckXmI0z74
三宅選手は、特にジャンプの質が高く、力強いスケーティングが特徴です。
三宅選手のジャンプはスピードとパワーを兼ね備えており、観客を魅了。
近年はトリプルアクセルにも挑戦し、成功させるなど技術の幅を広げています。
また、2025年の木下グループ杯では、総合スコア196.79を記録するなど、安定したパフォーマンスを発揮しています。
三宅咲綺の家族構成は?

三宅咲綺の家族構成は、父親、母親、本人の3人家族です。
兄弟姉妹はおらず、一人っ子です。
岡山県倉敷市で生まれた三宅選手は、幼い頃から家族の支えを受けながら、フィギュアスケートに取り組んできました。
特に、両親が共働きだったことから、幼少期には祖父母と過ごす時間も多かったそうです。
祖父は三宅選手をスケートリンクへ連れて行った人物としても知られており、競技を始めるきっかけに深く関わった存在といえます。
家族に見守られながら成長した経験は、三宅選手の競技人生にも大きな影響を与えてきました。
練習や遠征、試合への出場には、時間や費用だけでなく、日々の生活面での支えも欠かせません。
両親や祖父母の存在が、三宅選手の挑戦を支える大きな力になっていたのでしょう。
現在も、家族への感謝を胸に、シスメックス所属の選手としてさらなる飛躍を目指しています。
家族との温かなつながりは、リンク上で見せる表情や、前向きに競技へ向き合う姿勢にも表れているようです。
三宅咲綺の父親について
父親の名前や詳しい職業は公表されていませんが、船舶関連の仕事に携わっており、船を所有していることが知られています。
三宅選手はSNSで「お父さんのお船にのって」と投稿し、一緒に釣りを楽しむ姿を紹介しています。
だんだんと暖かくなってきましたね🌸 今日は久しぶりに、お父さんのお船にのって、趣味である釣りに行ってきました‼︎ カサゴ🐟たくさん釣れました🥰 とったどー写真🤳 #釣りガール #釣り #カサゴ #海釣り #フィギュアスケーター #三宅咲綺 https://t.co/gAzatRlqqu
— 三宅咲綺 (@saki_n_ko) March 10, 2022
本人も船舶免許を持っており、釣りが趣味の一つです。
スケートを始めた当初、父親は費用や将来性を理由に反対していました。
しかし、結果が出ずに悩む娘に対しては「スケートをやめてもいいんだよ」と選択肢を尊重する言葉をかけ、最終的には「1度自分で決めたことなら、やりきれ」と励ますなど、精神的なサポートを続けてきました。
プレッシャーをかけすぎず、娘の意思を大切にする父親の姿勢は、三宅選手の競技生活を支える大きな柱となっています。
三宅咲綺の母は歌手!
三宅咲綺選手の母親は三宅のり子さんで、岡山県倉敷市出身です。
のり子さんは、歌手をされていました。
15歳の時にスカウトされ、19歳で大手レコード会社のビクターからプロデビューを果たしました。
母ののり子は、15歳の時にスカウトを受け、岡山県倉敷市から上京。大手レコード会社のビクターから19歳でプロデビューを果たした歌手だった。
引用:日刊スポーツ
のり子さんはオリコンチャートにもランクインした実績を持ち、全国を転々としながらライブ活動を行っていたそうです。
音楽的影響
母親の音楽的な背景は、三宅選手の演技における表現力や感情の込め方に影響を与えていると考えられます。
母親の華やかなステージでの経験が、三宅選手のフィギュアスケートにおけるパフォーマンスにも反映されている可能性があります。
家族のサポート
母親は三宅選手の食事管理や体調面のサポートを行い、競技生活において重要な役割を果たしています。
母親の愛情深いサポートが、三宅選手の活躍の大きな原動力となっていることが伺えますね。
このように、三宅咲綺選手の母親は彼女のフィギュアスケートキャリアにおいて、音楽的な影響だけでなく、精神的な支えとしても重要な存在です。
祖父について
三宅咲綺選手がフィギュアスケートを始めたきっかけは、7歳のときに祖父にスケートリンクへ連れて行ってもらったことだと語られています。
何気ない一日だったかもしれませんが、その出来事が、
- フィギュアスケートとの出会い
- 将来の競技人生
につながる大きな転機となりました。
祖父は単にリンクへ連れて行っただけでなく、孫の興味や才能を感じ取り、背中を押してくれた存在だったと考えられます。
三宅咲綺の兄弟は?
同じフィギュアスケート選手で、同じ岡山県出身・「三宅」姓である三宅星南(みやけ せな)選手と「兄弟や親戚なのでは?」と噂されることがよくありますが、血縁関係はなく、兄弟ではありません。
・三宅咲綺選手:一人っ子(父・母・本人の3人家族)
・三宅星南選手:妹がいる(2人兄弟)
同じ岡山県のスケートリンクで幼少期から切磋琢磨してきたリンクメイト・幼馴染みのような間柄です。
三宅咲綺の経歴は?
三宅選手は7歳の時にフィギュアスケートを始めました。
祖父に連れられてスケートリンクに行ったことがきっかけです。
主な成績
2024年西日本選手権 優勝
2024年全日本選手権 9位
2025年サマーカップ 優勝
2025年木下グループ杯 3位
2020年全国高等学校スケート選手権大会 3位
2019年全日本フィギュアスケート選手権大会 12位
移籍と成長
2022年春に神戸クラブに移籍し、坂本花織選手の勧めで新たな環境でのトレーニングを開始しました。
移籍後、全日本選手権で自己最高のスコアを記録し、3年連続で全日本選手権に出場しています。
三宅咲綺がGPシリーズで躍動!
朝なので少しだけ。 10/31 SP公式練習中の三宅咲綺選手 https://t.co/ElRRvYKgPN
— fsphoto_syo (@fsphoto_syo) October 31, 2026
三宅咲綺選手は、2026年のISUグランプリ(GP)シリーズ第2戦スケートカナダで総合4位という結果を残しました。
スケートカナダでの成績詳細
三宅選手はGPシリーズデビュー戦となったこの大会で、ショートプログラム(SP)で71.95点をマークして4位発進。
フリーでは138.14点を記録し、合計210.09点で総合4位となりました。
この合計点は自己ベストとなりました。
フリーでは冒頭のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)の着氷が乱れたものの、大崩れせずにスピンやステップを「レベル4」でまとめました。
3月に骨盤骨折を負って出遅れた今季でしたが、表彰台に迫る演技で世界にインパクトを残しました。
今後のGPシリーズについて
スケートカナダでの4位という結果により、三宅選手はGPシリーズのリザーブ(補欠)選手リストのトップに位置しています。
ただし、日本勢はすでにアメリカ大会を除く全大会に3名がエントリーしているため、三宅選手が追加出場できる可能性は限定的とみられています
三宅咲綺のプロフィール
少し遅れましたが、新年明けまして おめでとう御座います🎍🌅 今年も怪我に気をつけて、自分らしく 精一杯頑張ります‼︎ 色々なことを、楽しみながら 挑戦していきたいです🤩💓 皆様にとって、笑顔の多い年に なりますように…💓 本年もどうぞ宜しくお願い致します🥰 https://t.co/KyTYTFEPbY
— 三宅咲綺 (@saki_n_ko) January 3, 2023
名前: 三宅 咲綺(みやけ さき)
生年月日: 2002年11月23日
出身地: 岡山県倉敷市
身長: 155cm
血液型: O型
所属: シスメックス
コーチ: 中野園子、グレアム充子
趣味: 釣り、ポケモンカード集め、水耕栽培
岡山理科大学附属高等学校を卒業後、岡山理科大学に進学しました。
大学では経営学を学んでいます。
まとめ
今回は、三宅咲綺選手の家族構成と、家族が競技生活に与えた影響について紹介しました。
一人っ子として両親と祖父母に支えられ、特に祖父との出会いがスケート人生の始まりとなりました。
母親の献身的なサポートと、父親の尊重する姿勢が、彼女が困難を乗り越えながら成長する原動力となっています。
トリプルアクセルを武器に国際舞台へ挑戦を続ける三宅咲綺選手。
家族の支えを力に、これからのさらなる活躍に注目していきましょう。


